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大阪地方裁判所 昭和48年(行ウ)50号 判決 1978年5月26日

原告 甲野太郎

同 甲野一郎

右原告法定代理人親権者父 甲野太郎

同母 甲野花子

右原告ら両名訴訟代理人弁護士 佐藤欣哉

同 鈴木康隆

同 豊川義明

同 小林保夫

同 稲田堅太郎

同 桐山剛

同 高藤敏秋

同 斎藤浩

同 西枝攻

同 藤井光男

同 石川元也

同 杉山彬

同 宇賀神直

右原告ら両名訴訟復代理人弁護士 小泉幸雄

同 山内康雄

同 本多俊之

被告 大阪市長 大島靖

右訴訟代理人弁護士 中山晴久

同 山上益朗

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の申立て

一  原告らの申立て

(第一次的申立て)

1 被告が、原告らが被告に対し昭和四八年四月五日した入学支度金支給申請について、なんらの処分をしないことが違法であることを確認する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

(第二次的申立て)

1 被告が原告らに対し昭和四八年四月五日した入学支度金支給申請受理拒否処分を取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

(第三次的申立て)

1 被告が原告らに対し昭和四八年四月五日した入学支度金支給申請却下処分が無効であることを確認する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

(第四次的申立て)

1 被告が原告らに対し昭和四八年四月五日した入学支度金支給申請却下処分を取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告の申立て

(本案前の申立て)

主文と同旨

(本案についての申立て)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 主文第二項と同旨

第二当事者の主張

一  原告らの請求の原因

1  原告甲野太郎は原告甲野一郎(昭和四一年一一月一五日出生)の父であるが、原告らは、いずれも、大阪市内の同和地区である肩書住居地に居住している者である。

しかして、原告甲野太郎はベルト製造加工職人であるが毎日の生活を維持することに追われて困窮しており、原告甲野一郎の就学は経済的な事由によって困難である。

したがって、原告らは、特別就学奨励費執行要項(以下本件要項という。)の定めるところにより、特別就学奨励費の一である入学支度金(以下本件支度金という。)の受給資格者である。

2  被告は、本件要項に基づき、本件支度金の支給申請について、支給、不支給等の決定をする権限を有するものである。

3  そこで、原告らは、昭和四八年四月五日、本件要項に基づき、「入学支度金支給申請書」に必要な事項を記載したうえこれを大阪市教育委員会に提出することによって、被告に対し、本件支度金の支給申請(以下本件申請という。)をしたところ、本件申請は同日受理された。

4  本件支度金は、第1項で述べたところから明らかなように、原告甲野太郎の教育を受けさせる権利、原告甲野一郎の教育を受ける権利を実質的に保障するため、とりわけ緊急に支給されるべきものであった。

被告は、右事実を十分知っていたのであるから、本件申請については、とくに速やかに支給、不支給等なんらかの処分をすべき義務を負っているにもかかわらず、本件口頭弁論の終結時である昭和五二年一一月一七日までなんらの処分をしない。しかし、被告が本件申請についてなんらかの処分をするために相当な期間がすでに経過したことは明らかであるから、被告の右不作為は違法である。

5  本件要項は、本件支度金の受給資格者として、別紙「特別就学奨励執行要項」の「2、(2)特別就学奨励費の対象」欄記載のとおり定めているところ、被告は、そのうち「同和問題を正しく理解し解放の意欲をもった場合」および「受給者の決定にあたっては、部落問題を正しく理解するなかで同和事業促進協議会・部落解放同盟その他地区関係諸機関・諸団体と密接な連けいを保ちながら児童生徒の家庭・地区の実態を正しく把握して行なわなければならない。」の解釈、運用として、「入学支度金支給申請書」には大阪市同和事業促進協議会長(以下同促協会長という。)、大阪市同和事業各地区協議会長(以下地区協議会長という。)および部落解放同盟大阪府連合会各支部長の推せん(副申)を得なければならないとしている(以下本件要件ともいう。)が、原告らは本件要件を具備していない。

しかし、本件要件は次の理由によってとりたてて法律上の意義を有しないか無効であるから、原告らは本件支度金の受給資格者であることを失わず、被告の右不作為は違法である。

(一) (法的な性質)

そもそも本件要件は一種の行政指導としての意味をもつにすぎず、しかも右行政指導の合理的な根拠は本件支度金の支給を受けようとする者の便宜を図り、被告の能率的な事務処理に寄与することにあるから、この場合、同促協会長、地区協議会長および部落解放同盟大阪府連合会各支部長は本件支度金の支給申請について単なる伝達機関の役割りを果たすものにすぎず、同人らが推せん(副申)をするとは極めて形式的に別紙「特別就学奨励費執行要項」の「2、(2)特別就学奨励費の対象」のうち「部落差別の結果、教育の機会均等が保障されていない児童生徒の保護者」に当たるかどうかを審査することを意味するものと解すべきである。

そうすると、本件支度金の支給を受けようとする者が、行政庁の判断を直接受けようとして、被告に対し、同促協会長、地区協議会長および部落解放同盟大阪府連合会各支部長の推せん(副申)を得ないで、本件支度金の支給申請をした以上、被告がこれを受理し、なんらかの処分をする義務を負うことは当然である。

(二) (運用の実態)

大阪市同和事業促進協議会(以下同促協という。)およびその下部組織である大阪市同和事業各地区協議会(以下地区協議会という。)が実質的には部落解放同盟大阪府連合会と同一の組織であることは周知の事実である。そして、右のような同促協会長、地区協議会長および部落解放同盟大阪府連合会各支部長の推せん(副申)を受けるためには、事実上、本件支度金の支給を受けようとする者がさきに述べたように、(ア)部落解放の意欲を有していることのほか、(イ)同和地区の出身者であることが必要とされ、さらに、右(ア)の要件を具備するためには、部落解放同盟の下部組織である「教育向上会」に加入し、部落解放同盟の運動方針に従うことが唯一で絶対の条件とされている。しかも、このような実態に対応して、被告は、同促協会長、地区協議会長および部落解放同盟大阪府連合会各支部長が推せん(副申)したときは無条件で本件支度金の支給決定をしてこれを支給し、同人らが部落解放の意欲がない等として推せん(副申)を取り消したときは直ちに本件支度金の支給決定を取り消してこれを支給しない。

このような運用の実態にかんがみると、本件要件は以下述べるとおり無効であるといわなければならない。

(1) 右(ア)の要件(「部落解放の意欲を有していること」)は極めて抽象的で不明確なものであるから恣意的な判断を生むおそれがあるばかりでなく、本件支度金の支給を受けようとする者の内心の思想、信条を問題とするものであって、憲法第一九条、第二一条に違反する。

また、右(イ)の要件(「同和地区の出身者であること」)そのものが同和対策事業特別措置法第一条、第五条に反する(なお、同和対策審議会答申、大阪市同和対策審議会答申各参照)ばかりでなく、これを認定すること自体差別を拡大再生産することになるから、同和対策事業を実施するに際して、このような属人主義的な立場をとることはできない。そして、右の理は認定する主体が私の団体であるか行政庁であるかによって異なるところはない。

以上のように、本件要件の解釈、運用は誤りであるが、ひるがえって右のような誤った解釈、運用がされる本件要件そのものが無効であるといわなければならない。

(2) 地方公共団体は、住民に対し、直接、行政を執行すべき義務を負担しているにもかかわらず、その主体性と責任を放棄し、右のような純然たる私の団体の長に、事務の委託契約等も締結しないで本件支度金の支給、不支給等の決定をする権限を実質的に委任することは許されない(憲法第一三条、第三一条、第九二条、第九四条、地方自治法第一三八条の二、第一四八条第一項、第一五三条第一項、第一八〇条の二)。

しかも、本件の場合、被告の代表する大阪市は、原告甲野太郎およびその妻訴外甲野花子(原告甲野一郎の母)に対し、訴外甲野花子らが部落解放同盟大阪府連合会からいわゆる矢田事件に関連して権利停止処分を受ける昭和四五年九月までは、同和対策事業の一環として、技能修得奨励費、住宅補修費、妊産婦対策費、保育所児童に対する服装品および保育用品購入費助成金等を支給していたから、被告にとっては、原告らが同和地区の出身者であることは明白であり、右のような権限の委任をする必要はなかったはずである。

したがって、本件要件はその効力を有しない。

(3) さきのように、地方公共団体が本件支度金の支給を受けようとする者に対して特定の思想、信条を有する団体の運動方針に従うことを強制することは、右の者に特定の思想、信条を押し付けることとなるから、憲法第一九条、第二一条に違反する。

したがって、本件要件は無効である。

(4) 原告甲野太郎およびその妻訴外甲野花子(原告甲野一郎の母)は、一時部落解放同盟に所属していたが、部落解放同盟からいわゆる矢田事件に関連して、昭和四八年三月除名処分を受け、現在全国部落解放運動連合会(旧部落解放同盟正常化全国連絡会議)に所属し、部落解放同盟とは異なる思想、信条を有しているものである。したがって、原告甲野太郎らが部落解放同盟の運動方針に従い、「教育向上会」に入ることは不可能であり、また原告甲野太郎ら自身そのような意思を有していないから、結局、原告らが同促協会長、地区協議会長、部落解放同盟大阪府連合会浪速支部長の推せん(副申)を受けることは不可能と断ぜざるをえない。

そうすると、本件要件は、原告らをその思想、信条において他の住民(とりわけ部落解放同盟の運動方針に従う住民)と差別することとなるから、憲法第一四条第一項、地方自治法第一〇条第二項に違反し、無効であるといわなければならない。

6  また、被告は、別紙「特別就学奨励費執行要項」の「同和問題を正しく理解し解放の意欲をもった場合」および「受給者の決定にあたっては、部落問題を正しく理解するなかで同和事業促進協議会・部落解放同盟その他地区関係諸機関・諸団体と密接な連けいを保ちながら児童生徒の家庭・地区の実態を正しく把握して行なわなければならない。」の解釈、運用として、同促協会長、地区協議会長および部落解放同盟大阪府連合会各支部長を介して本件支度金の支給申請をすべきこととしているが、原告らは、同人らを介さないで本件申請をした。

しかし、右申請手続のうち同促協会長、地区協議会長、部落解放同盟大阪府連合会各支部長を介して本件支度金の支給申請をすべきことを定めた部分は、前項で述べた理由と同一の理由によりとりたてて法律上の意義を有しないか無効であるから、この点においても原告らは本件支度金の受給資格者であることを失わず、被告の前記不作為は違法である。

7  なお、被告は、大阪市教育委員会指導室主幹金田久典、同主査土岐阜三名義で、原告甲野太郎に対し、昭和四八年四月五日、「入学支度金の申請書については同対審答申の精神に則り特別就学奨励費の申請と同様に地区協、市同促協を通じて申請がなければ受理いたしません。なお教育向上会に入会されることが地区協の受理条件になっております。」と記載した文書を発した。仮に、被告が、右文書をもって、本件申請につき同促協会長、地区協議会長および部落解放同盟大阪府連合会浪速支部長の推せん(副申)がなく、また、同人らを介さないで本件支度金の支給申請をしたとして、本件支度金を支給しないことを決定し、本件申請の受理を拒否しまたは本件申請を却下したとすれば、右各処分には、原告らがこれまで主張したところから明らかなように、憲法第一四条、第一九条、第二一条および地方自治法等に反する(重大で明白な)瑕疵がある。

8  よって、原告らは、前記のとおり第一次的に本件申請についてなんらの処分をしないことが違法であることの確認を求め、第二次ないし第四次的に本件申請の受理拒否処分の取消しまたは却下処分の無効確認もしくは取消しを求める。

二  被告の答弁

(本案前の答弁)

行政事件訴訟法第三条第五項にいう「法令に基づく申請」とは、国民の申請権(またはこれに対応する行政庁の応答義務)の存在が裁判所によって画一的に判断される程度に明確に法文に規定されている(もっとも、それが当該法令の解釈上認められるものであることを妨げない。)場合における当該法令に基づく申請、すなわち、適式の制定手続を経て一般に公布された法律または条例に基づく申請を意味するものと解すべきである。

ところで、同和対策事業特別措置法は、歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている地域について国および地方公共団体が協力して実施すべき同和対策事業に関し、包括的抽象的な事項を定めているにすぎず、右事業の一環としてされる各種の措置の具体的な種類、範囲、対象住民等についてはなんらふれるところがない。したがって、同和対策事業として現に実施されている措置の具体的な種類、範囲、対象住民等は国および各地方公共団体によって区々であり、また、その根拠として条例を制定するかどうかについても各地方公共団体ごとにあるいは同和対策事業としての各措置ごとに異なっている。

しかして、大阪市では、本件支度金の支給に関して、条例、規則を制定せず、被告の事務執行権限に基づき、昭和四六年四月、大阪市内の同和地区に居住する者が就学する場合に憲法、教育基本法が定めている教育の機会均等を保障することを目的として、本件要項を定めたうえ、今日に至るまで本件支度金を支給しているにすぎない(なお、普通地方公共団体は、当該普通地方公共団体の事務を処理するために必要な経費等を支弁するものとされており(地方自治法第二三二条第一項)、その支出負担行為は、予算の定めるところに従っているかぎり、必ずしも法令上の根拠を必要としない(地方自治法第二三二条の三)から、普通地方公共団体の長は、予算によって、予算の定める事項、金額の範囲内で、必要な経費を支出する権限を包括的に付与されていると解すべきところ、本件支度金は別紙「予算の区分」記載のとおり予算に編入されており、その支給決定は予算の定めるところに従ってされているから、本件支度金の支給にはなんら違法なところはない。)。

そうすると、原告らが被告に対してしたと主張する申請は、本件支度金の支給について被告の職権の発動を促すものにすぎず、もとより被告が応答義務を負うものではないのであって、行政事件訴訟法第三条第五項にいう「法令に基づく申請」に当たらないというべきである。

また、被告は原告らが被告に対してしたと主張する申請の受理拒否処分をしたことも、その却下処分をしたこともない。

よって、本件訴えはいずれも不適法であって却下を免れない。

(本案についての答弁)

1 原告らの主張する請求原因事実第1項について

原告甲野太郎が原告甲野一郎(昭和四一年一一月一五日出生)の父であり、原告らがいずれも大阪市内の同和地区である肩書住居地に居住している者であることは認めるが、その余の事実は否認する。

2 同第2項について

認める。

3 同第3項について

原告らが昭和四八年四月五日大阪市教育委員会に「入学支度金支給申請書」を提出したことは認めるが、その余の事実は否認する。

4 同第4項について

被告が原告らに対し本件支度金の支給に関してなんらの処分をしていないことは認めるが、その余の事実は否認する。

5 同第5項について

本件要項が本件支度金の受給資格者として別紙「特別就学奨励費執行要項」の「2、(2)特別就学奨励費の対象」欄記載のとおり定めているところ、被告がそのうち「同和問題を正しく理解し解放の意欲をもった場合」および「受給者の決定にあたっては、部落問題を正しく理解するなかで同和事業促進協議会・部落解放同盟その他地区関係諸機関・諸団体と密接な連けいを保ちながら児童生徒の家庭・地区の実態を正しく把握して行なわなければならない。」の解釈、運用として「入学支度金支給申請書」には同促協会長、地区協議会長および部落解放同盟大阪府連合会各支部長の推せん(副申)を得なければならないとしているが、原告らが、右推せん(副申)を得ていないこと、ならびに、同人らの推せん(副申)を受けるためには事実上本件支度金の支給を受けようとする者が(ア)部落解放の意欲を有していることのほか(イ)同和地区の出身者であることが必要とされていることは認めるが、その余の事実は否認する。

ところで、同和対策事業を実施するに際し、行政庁がその主体的な判断で対象地域および対象住民(同和対策事業の対象住民が同和地区の出身者であることは歴史的にみても明白である。)を把握することは極めて困難であり、あえてこれを行なった場合、その把握を誤ればもちろんたとえその把握が正しかったとしても、おそるべき差別の再生産につながり、同和行政そのものが収拾のつかない大混乱をきたすから、同和対策事業について直接行政を実施することは絶対に不可能である。また、同和対策事業について直接行政を実施することは、「寝た子を起すな。」式の考え方を誘発して部落解放の意欲をにぶらせ、しかも部落解放運動に反対する者に対しても補助金等の受給権を認めるという形式的平等主義を生み出し、ひいては融和主義に堕するおそれがある。したがって、本件要件は、同和対策事業につき行政庁の恣意的な介入を避け、慈恵的な施策に陥る危険を排除して、憲法第一四条第一項、第一九条、地方自治法第一〇条第二項の趣旨を実質的に保障するために極めて適切で妥当な要件であるといわなければならない。

そればかりでなく、そもそも部落解放同盟は、多種多様な思想、信条をもつ者によって構成されている団体であって、特定の思想、信条によって結集した団体ではない(ちなみに、昭和四九年一月現在において、大阪市浪速区の対象地域の全世帯数四、三八〇(人口一二、〇一六人)のうち約八五パーセントが部落解放同盟大阪府連合会浪速支部に加入している。)。また、同促協は、「部落を解放するための一環とし、同和事業の促進」をはかることを目的とし、「1同和問題を解決せんとする団体に対する物心両面の協力。2同和行政施行に対する協力。3同和行政実施における連絡調整。4同和問題解決に関する教育、啓蒙宣伝。」を事業内容とする団体であって、その構成員は「1地区協議会会員。2同和事業に関係を有する団体の代表にして理事会が認めたもの。」からなるのである(大阪市同和事業促進協議会会則第三条ないし第五条)。そして、地区協議会は「関係地区の各種団体の代表者をもって組織する。」ものとされている(大阪市同和事業促進協議会会則第六条)ところ、昭和四八年度における大阪市同和事業浪速地区協議会は、日赤連合会、町内会防犯協会、P・T・A、連合婦人会、民生委員、部落解放同盟大阪府連合会浪速支部の各代表者によって構成されており、浪速区の対象地域の住民の民主的な総意によって運営されている。さらに、「教育向上会」ももっぱら教育の機会均等という要求を掲げる団体であって、思想、信条とはなんらかかわりがなく、ひろく部落解放同盟に所属する者以外の者の加入も認めている。

また、同促協会長、地区協議会長および部落解放同盟大阪府連合会各支部長は、本件支度金の受給について推せん(副申)するかどうかを決定するに際し、本件支度金の支給を受けようとする者が「教育向上会」に加入しているかどうかを単なる判断の一要素としているにすぎない。

しかるに、原告らは、同人らの推せん(副申)を求めたことはないから、その責はすべて原告らに帰すべきものである。

6 同第6項について

被告が別紙「特別就学奨励費執行要項」の「同和問題を正しく理解し解放の意欲をもった場合」および「受給者の決定にあたっては、部落問題を正しく理解するなかで同和事業促進協議会・部落解放同盟その他地区関係諸機関・諸団体と密接な連けいを保ちながら児童生徒の家庭・地区の実態を正しく把握して行なわなければならない。」の解釈、運用として同促協会長、地区協議会長および部落解放同盟大阪府連合会各支部長を介して本件支度金の支給申請をすべきこととしているところ、原告らが同人らを介さないで本件申請をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

右申請手続の正当なことは前項において述べたとおりであって、原告らは、本件支度金の支給を受けようとする際、自らの選択に従って、同人らを介さなかったのであるから、その責任は原告らが負わなければならない。

7 同第7項について

大阪市教育委員会指導室主幹金田久典、同主査土岐阜三が昭和四八年四月五日原告甲野太郎に対し原告らの主張するような文書を発したことは認めるが、その余の事実は否認する(なお、右文書のうち、「教育向上会に入会されることが地区協の受理条件になっております。」との部分は、原告らの強い要望に基づいて記載されたものであって、同人らの意思に基づいて記載されたものではない。)。

原告らは被告に対し本件支度金の支給申請をしたことはなく、したがって被告が原告らに対し本件支度金の支給申請について却下をしたこともない。被告が原告らに対し「入学支度金支給申請書」を返戻したのは、右書面がさきに述べたように本件要項の定めるところに従っていなかったので、その点について補正を求めるためであった。

8 同第8項について

争う。

三  原告らの反論(被告の「本案前の答弁」について)

1  本件申請が行政事件訴訟法第三条第五項にいう「法令に基づく申請」に当たる(すなわち、被告が本件申請に対し応答する義務を負う。)ことは以下に述べるとおりである。

(一) 同和対策事業は、すべての国民に基本的人権の享有を保障する日本国憲法の理念にのっとり、歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている同和地区の住民の社会的経済的地位の向上を不当にはばむ諸要因を解消することを目的とするものであり(同和対策事業特別措置法第一条、第五条)、右同和地区の住民の社会的経済的地位を同和地区外の住民の社会的経済的地位まで引き上げて、憲法第二五条、第一四条等の定める権利を享受させようとするものである。

しかして、原告らの社会的経済的地位はさきに述べたとおりであるから、原告らが被告に対し本件支度金の支給を申請する憲法上の権利を有することは明白であるといわなければならない(同和対策審議会答申、大阪市同和対策審議会答申各参照)。

(二) 同和対策事業特別措置法(昭和四四年法律第六〇号)の目的は同法第一条、第五条に掲げるとおりであるが、同法は、「国及び地方公共団体は、同和対策事業を迅速かつ計画的に推進するように努めなければならない。」(同法第四条)として国および地方公共団体の責務を明らかにしたうえ、右目的を達成するため国に必要な施策を総合的に講じる義務を課する(同法第六条)とともに、地方公共団体に国の施策に準じて必要な措置を講ずるように努める義務を課している(同法第八条)。そして、本件支度金の支給は、同法第六条第六号に掲げる事項について講じられた施策である。

そうすると、被告の代表する大阪市は、原告らに対し、同法に基づき、同和対策事業の一環として、本件支度金を支給するという具体的な義務を課されているものというべく、これに対応して、原告らは被告に対し本件支度金の支給を申請する権利を取得したものというべきである(同法第一一条参照)。

(三) 右に述べたところからも明らかなように同和対策事業は地方公共団体の事務である(地方自治法第二条第二項)。そして、同法第二三二条の二は、普通地方公共団体に対し、客観的に公益上の必要がある場合は、補助金を支出する権限を付与しているが、同法条は、同時に、普通地方公共団体に対し、客観的に公益上の必要がある場合は、財源の許す範囲内で、補助金を支出することを要請し、義務づけている、換言すると、普通地方公共団体の住民は、客観的に公益上の必要がある場合において財源が確保されているときは、当該普通地方公共団体に対し、補助金の支給を請求することができると解すべきところ、原告らについて本件支度金を支給すべき公益上の必要が客観的に存在することはさきに述べたとおりであり、しかも本件支度金は別紙「予算の区分」記載のとおり予算に編入されているから、原告らは被告に対し本件支度金の支給を申請する権利を有することとなる。

(四) 本件支度金は、大阪市の経費をもって支弁されるものであり、右のとおり予算に編入されているところ、右予算は毎年大阪市議会の議決によって定められ、被告によってその要領が住民に公表されている(地方自治法第二一一条第一項、第二一九条第二項)。

そして、被告は、右予算を執行すべき義務を負う(地方自治法第二二〇条第一項)から、本件支度金の支給を受けようとする者は、予算の執行を要求する権利を有するものというべく、その一部として本件支度金の支給を申請する権利をも有するものというべきである。

(五) 本件支度金については、大阪市として条例を制定することはなく、また被告として規則を制定することもなかったが、被告は、同和対策審議会答申(昭和四〇年八月一一日)および大阪市同和対策審議会答申(昭和四三年一〇月一七日)の趣旨を受けて、同和対策事業特別措置法(昭和四四年七月一〇日施行)の定める目標を達成し、義務を具体化するため、昭和四六年四月、大阪市内の同和地区に居住する者が就学する場合に、憲法、教育基本法が定めている教育の機会均等を保障することを目的として、本件支度金の支給に関し、本件要項を定めた。

しかして、本件要項には、別紙「特別就学奨励費執行要項」記載のとおり、本件支度金の「対象」、「執行(支給項目、執行上の留意事項等)」等が定められているうえ、大阪市は、今日に至るまで、もっぱら本件要項に基づいて、所定の受給資格者に対し本件支度金を支給してその事務を処理してきたのであり、本件支度金の支給を受けようとする者もまた本件要項に基づいて本件支度金の支給申請等の手続をしてきたのである。

そうすると、本件要項は、単なる事務処理基準または内規と異なり、公布こそされていないが、前記同和対策事業特別措置法、地方自治法の執行を目的とする法規命令(執行命令)に当たり、大阪市はもちろん本件支度金の支給を受けようとする者をも拘束する法令であるといわなければならない。

しかして、原告らは、本件要項に基づいて、被告に対し、本件申請をしたのであるから、本件申請が行政事件訴訟法第三条第五項にいう「法令に基づく申請」に当たることは明白である。

(六) 仮に本件要項がいわゆる行政命令または行政規則に当たり、裁量権行使の基準としての意味しか有しないとしても、被告は、本件要項を公表し、これまでの間、部落解放同盟大阪府連合会の支配を受けてきた本件支度金の受給資格者がその支給申請をしたときは、本件要項に基づき、支給決定をしたうえ、これを支給するという取扱いを反覆継続してきたのである。

そうすると、右のような受給資格者と同様に、大阪市内の同和地区に居住し、就学しようとする原告甲野一郎らが、本件支度金の支給申請権および受給権があると確信して、被告に対し、本件支度金の支給申請をし、その申請書が受理された以上、被告がこれに対しなんらの決定をしないことは先例に違反し、かつ、憲法第一四条第一項、地方自治法第一〇条第二項に悖るものといわなければならない。

したがって、右の反面として、原告らは、被告に対し、本件支度金の支給を申請する権利ないし法的利益を有するものというべきである。

なお、給付行政の分野においても、行政庁が全く自由に恣意的な行政をしてよい筈はないから、原告らは、被告に対し、瑕疵なき裁量行使を要求する権利を有するものというべく(憲法第三一条参照)、したがって、その意味においても、原告らは、本件支度金の支給を申請する権利を有することとなる。

(七) すでに述べたように、本件支度金について、大阪市は条例を制定しないばかりでなく、被告も規則を制定しない。そして、被告は、本件要項を定め、これによって本件支度金を現に支給している。そうすると、このような取扱いに基づく責任は、もっぱら大阪市またはその代表者たる被告に帰すべきものであって、原告ら住民が負うべき筋合いのものではない。しかるに、被告が条例、規則がない故をもって原告らのした本件申請に対し応答義務がないとすることは、その不利益をほしいままに原告らに押し付けるものであって、信義則に反し、条理上も許されないというべきである。

これを原告らの側からみると、原告らは本件支度金の支給申請をする権利を有することとなる。

2  本件申請が行政事件訴訟法第三条第五項にいう「法令に基づく申請」に当たらない(すなわち、本件申請が単に被告の職権の発動を促す効果をもつにとどまる。)という被告の主張を採用することができない理由は次のとおりである。

(一) そもそも、本件支度金は、その受給資格者に対し、基本的人権の享有を実質的に保障するため、当該受給資格者の当然の権利として支給される性格のものである(別紙「特別就学奨励費執行要項」の「1特別就学奨励費の趣旨」参照)ところ、被告の右主張は、本件支度金の支給について行政庁の恣意が入り込む余地を残し、結局、慈恵的な融和政策を是認するおそれがあるのであって、同和行政の基本的な性格と矛盾するものというべく、到底採用できない。

(二) 被告の主張をつきつめると、被告は、受給資格者が本件支度金の支給申請をするかどうかにかかわらず、本件支度金の支給という給付行政を執行するため、自ら、職権をもって、積極的に、受給資格者を探知する義務を負担しなければならないこととなる。

しかして、本件要項は、「受給者の決定にあたっては、児童生徒の家庭・地区の実態を正しく把握して行なわなければならない。」(別紙「特別就学奨励費執行要項」の「2、(2)特別就学奨励費の対象」)としているが、受給者名簿は「提出された申請書にもとづいて……作成する。」(別紙「特別就学奨励費執行要項」の2、(3)、③、ア「受給者名簿の作成」)としているから、結局、本件要項は、(1)受給資格者の申請書の提出、(2)受給者の決定、(3)受給者名簿の作成、(4)本件奨励費の支給という手続を採用しているのである。そればかりでなく、大阪市内の同和地区に居住し就学しようとしている者は極めて多いから、被告がこれらの者を職権をもって探知することは行政の能率を著しく低下させるばかりでなく、現実には不可能である。

そうすると、被告の前記主張は、この点においても失当として排斥を免れない。

(三) なお、被告は、事務の執行権限に基づいて本件要項を定めたうえ、本件支度金を支給したと主張する。

しかし、およそ普通地方公共団体の長が支出を伴う事務を執行するには、予算として議会の議決を経る必要があるばかりでなく、法令の根拠を必要とする(憲法第八三条、第八五条、第八六条参照)ところ、本件支度金については、そのような法令は存在しない。

したがって、被告の右主張が合理性を欠くことは明らかである。

第三証拠《省略》

理由

一  原告甲野太郎が原告甲野一郎(昭和四一年一一月一五日出生)の父であり、原告らがいずれも大阪市内の同和地区である肩書住居地に居住している者であること、被告が本件要項に基づき本件支度金の支給申請について支給、不支給等の決定をする権限を有するものであること、原告らが昭和四八年四月五日大阪市教育委員会に「入学支度金支給申請書」を提出したこと、および、被告が原告らに対し本件支度金の支給に関してなんらの処分をしていないことはいずれも当事者間に争いがない。

二  当裁判所は、原告らの本件申請(すなわち、原告らが右「入学支度金支給申請書」を提出した行為)が行政事件訴訟法第三条第五項にいう「法令に基づく申請」に当たらないと解するものであるが、その理由は以下述べるとおりである。

1  原告らは、原告らが被告に対し本件支度金の支給を申請する憲法上の権利を有すると主張する。

しかし、憲法第二五条第一項は、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るように国政を運営すべきことを国の責務として宣言したにとどまり、直接個々の国民に対して具体的権利を賦与したものではなく、具体的権利は憲法の規定の趣旨を実現するために制定された法律、条例等によってはじめて与えられると解すべきである(最高大昭二三・九・二九判、刑集二巻一〇号一二三五頁、最高大昭四二・五・二四判、民集二一巻五号一〇四三頁)。

また、憲法第一四条第一項が人種、宗教、男女の性、職業、社会的身分等の差異に基づいて、あるいは特権を有し、あるいは特別に不利益な待遇を与えられてはならないという「法の下の平等」を保障していることは明らかである。しかし、それだからといって、特定の国民が具体的な法律、命令、条例、規則またはその執行をまつまでもなく、憲法第一四条第一項に基づき、直接、他の国民が補助金等の給付を受けていることを理由として、当該補助金等の支給を申請し、これを受ける具体的な権利を取得するものということはできない。

そうすると、たとえ原告らの社会的経済的地位が原告らの主張するとおりであったとしても、原告らが憲法第二五条、第一四条第一項に基づき、本件支度金の支給を申請する権利を有するものということはできず、その他の憲法第三章の規定によっても原告らが本件支度金の支給を申請する権利を有するものということはできない。

2  それでは、原告らは同和対策事業特別措置法に基づいて本件支度金の支給を申請することができるであろうか。

《証拠省略》によれば、同和対策事業特別措置法(昭和四四年法律第六〇号)は、同和対策審議会答申(昭和四〇年八月一一日)の趣旨を受けて成立した限時法(昭和五四年三月三一日失効。同法附則第二項。)であることが認められる。しかして、同法は、同法第一条にいう対象地域の住民の社会的経済的地位の向上を不当にはばむ諸要因を解消するという目標を達成する(同法第一条、第五条)ため、地方公共団体が、国の施策に準じて、右対象地域の住民に対する学校教育および社会教育の充実を図って進学の奨励、社会教育施設の整備等の措置を講ずるように努めなければならず(同法第六条第六号、第八条)、これを実施する同和対策事業を迅速かつ計画的に推進するように努めなければならない(同法第四条)旨定め、同時に、同和対策事業につき地方公共団体が必要とする経費の財源につき同法第七条、第九条、第一〇条等において特別の措置を講じ、さらに、地方公共団体の長が同和対策事業が円滑に実施されるように相互に協力しなければならない(同法第一一条)としている。

しかし、同法が地方公共団体の実施する同和対策事業について定めるところはこれに尽きるのであって、それ以上、本件支度金等について具体的、個別的な規定は置かれていないのである。

そうすると、右のような同法の各規定に基づいて、原告らが本件支度金の支給を申請することができるということは到底できない。

3  次に、地方自治法第二三二条の二について検討する。

たしかに、地方自治法第二三二条の二は、「普通地方公共団体は、その公益上必要がある場合においては、……補助をすることができる。」と定めているが、右規定は、その文言からみても明らかなように、普通地方公共団体に補助金を支出する権能を付与したものにすぎず、これに基づいて普通地方公共団体が補助金を支出するかどうか、支出する場合、どれだけ支出するか等は、公益上の必要性の有無、程度、財源の有無、多寡等を考慮して当該普通地方公共団体が自らの判断と責任において決すべきものであるから、右規定が補助金の支出について普通地方公共団体を具体的に義務づけているということはできない(なお、最高一小昭三六・一二・七判、民集一五巻一一号二六八五頁参照)。

したがって、たとえ本件支度金が別紙「予算の区分」記載のとおり予算に編入されており、原告らに本件支度金を支給する公益上の必要性が客観的に存在するとしても、右規定に基づいて原告らが本件支度金の支給を申請する権利を有するものでないことは当然である。

4  予算は行政事件訴訟法第三条第五項にいう「法令」に当たるということができるか。

本件支度金が別紙「予算の区分」記載のとおり予算に編入されていることは当事者間に争いがない。そして、《証拠省略》によれば、本件支度金の編入されている予算が大阪市議会の議決によって定められ、被告によってその要領が公表されていることが認められる。

なるほど、予算は右のように当該普通地方公共団体の議会の議決を経て成立するものである(地方自治法第九六条第一項第二号)が、当該普通地方公共団体の一会計年度における歳入、歳出の単なる見積りにとどまるものではなく、歳出予算にあっては、当該普通地方公共団体の長に対し、予算を執行してこれを支出する権限を付与する(地方自治法第一四九条第二号)とともに、その反面として、目的、金額、時期の各点において予算の支出行為を拘束しながらその執行を義務づける(地方自治法第二二〇条第一項)ものである。

しかし、そもそも予算に関する普通地方公共団体の議会の議決は当該普通地方公共団体の長等執行機関を対象とする内部的な意思決定の域を出ないものであって、その住民を対象とするものではないから、これらの者の権利、義務に直接影響を及ぼすものではない(最高一小昭二九・二・一一判、民集八巻二号四一九頁参照)。

そうすると、さきに認定したように本件支度金が予算に編入されているからといって、原告らが本件支度金の支給申請をする権利を有するものでないことは明白である。

5  原告らは、本件要項が行政事件訴訟法第三条第五項にいう「法令」に当たると主張する。

本件支度金について、大阪市として条例を制定することはなく、また被告として規則を制定することもなかったこと、被告が昭和四六年四月大阪市内の同和地区に居住する者が就学する場合に憲法、教育基本法が定めている教育の機会均等を保障することを目的として、本件支度金に関し本件要項を定めたこと、本件要項に基づいて本件支度金が今日に至るまで支給されていること、本件要項が別紙「特別就学奨励費執行要項」の「2、(2)特別就学奨励費の対象」欄記載のとおり定めているところ、被告がそのうち「同和問題を正しく理解し解放の意欲をもった場合」および「受給者の決定にあたっては、部落問題を正しく理解するなかで同和事業促進協議会・部落解放同盟その他地区関係諸機関・諸団体と密接な連けいを保ちながら児童生徒の家庭・地区の実態を正しく把握して行なわなければならない。」の解釈、運用として「入学支度金支給申請書」には同促協会長、地区協議会長および部落解放同盟大阪府連合会各支部長の推せん(副申)を得なければならず、また、同人らを介して本件支度金の支給申請をすべきこととしているが、原告らが右推せん(副申)を得ず、また、同人らを介さないで本件申請をしたこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

そして、右事実に、《証拠省略》を併せ考えると、次の事実が認められる。

大阪市は、同和対策事業特別措置法(昭和四四年法律第六〇号)の施行(昭和四四年七月一〇日)より前から、日本国憲法の理念にのっとり、同和対策審議会答申(昭和四〇年八月一一日)および大阪市同和対策審議会答申(昭和四三年一〇月一七日)を尊重し、その要請、期待にこたえて、また、同和対策事業特別措置法の施行より後は、その趣旨を受けて、同和問題の根本的解決をはかるため、同和対策事業を迅速かつ計画的に推進することとした。

しかして、大阪市としても、同和対策事業を実施するには、住民の意思を尊重し、これを反映させることが望ましいと考えたが、実際は、生業資金貸付基金を設置し、同和地区の住民でその更生のため生業資金を必要とする者等に貸し付けるにあたって、その管理、運用について、地方自治法第二四一条第一項の定めるところに従い、生業資金貸付基金条例(昭和三九年条例第一九号。なお生業資金貸付基金管理規則(昭和三九年規則第三一号)生業資金貸付規則(昭和二九年規則第一六号)参照)を制定したにとどまり、その他の同和対策事業の実施にあたっては、それが住民の権利を制限し、自由を規制するものではないから、地方自治法第一四条第二項にいう「行政事務」に当たらず、しかも予算として議会の議決を経た以上、被告がこれを執行するには格別法令の根拠を必要としないとして、とりたてて議会にはかり、住民の意見を聴く等の措置を講ずることなく、所管の局長等の補佐を得て、当該同和対策事業を実施する事務処理基準として、総数約二〇の要項、要綱、要領、内規、規定等を制定し、改廃した。

そのため、被告は、右要項等が制定、改廃されても、条例、規則と異なり、公布、公表することはなく、わずかに当該同和対策事業の「窓口」となる同促協、地区協議会等が自らの判断に基づいてまたは被告もしくは被告の代表する大阪市の依頼によってその要旨を同和地区の住民等関係者に必要な限度で説明していたにすぎない。

本件要項もこのようにして定められたものであるが、別紙「特別就学奨励費執行要項」記載のとおり、本件支度金の「対象」、「執行(支給項目、執行上の留意事項等)」等を定めている。

そして、大阪市は、もっぱら本件要項に基づき、同促協会長、地区協議会長および部落解放同盟大阪府連合会各支部長の推せん(副申)を得、同人らを介して、本件支度金の支給申請をした者に対し、本件支度金を支給してその事務を処理し、本件支度金の支給を受けようとする者が同人らの推せん(副申)を得ず、または、同人らを介さないときは、これに従うよう勧告、指導して、遵守させてきたのであり、その結果、本件支度金の支給を受けようとする者もおおむね本件要項に従って、本件支度金の支給申請をしてきた。

以上によれば、本件要項は、もとより条例、規則ということはできず、その本質は被告が事務執行権限に基づきその所掌する事務について命令または示達するため所管の諸機関および職員に対して発した訓令または通達であり(地方自治法第一五四条)、右の者らが本件要項に基づいて本件支度金の支給を受けようとする者に対してする措置はいわゆる行政指導にほかならないというべきである。

本件要項を原告らの主張するように解することは、法規命令は公布なくして人民に対しその拘束力を生ずることを認めるに帰するから、到底採用することができない(地方自治法第一六条、大阪市公告式条例(昭和二五年条例第五〇号))。

そうすると、原告らが本件要項に基づいて「入学支度金支給申請書」を提出したとしても、それは、行政事件訴訟法第三条第五項にいう「法令に基づく申請」に当たらないというべきである(したがって、右申請書の提出は、被告に対し、本件支度金について私法上の贈与契約を申し込む行為にすぎないと解すべきであろうが、これを公法上の贈与契約を申し込む行為または本件支度金の支給決定という行政処分を促す行為ないしその処分に同意する行為と解しても、本件訴訟の帰趨に影響を及ぼさない。)。

6  原告らは、原告らが被告に対し本件支度金の支給を申請する権利を有しないとすることは先例に違反し、かつ、憲法第一四条第一項、地方自治法第一〇条第二項に悖るという。

しかし、仮に原告らのいうように、被告が原告らの提出した「入学支度金支給申請書」に関してなんら処分をしないことが先例に違反し、または、憲法第一四条第一項、地方自治法第一〇条第二項に悖るとしても、その一事をもって直ちに原告らが被告に対し本件支度金の支給を申請する権利を取得するものということはできない。

原告らの右主張のうちには、本件支度金の支給に関して慣習法(行政先例法)が存在するという趣旨の主張が含まれていると解される。ところで、行政法の分野においても慣習法が法源となりうるかについては、いわゆる「法律による行政」の原理との関係において問題がないわけではないが、たとえこれを積極に解する(最高大昭三二・一二・二八判、刑集一一巻一四号三四六一頁参照)としても、慣習法が成立するというには、少なくとも、一定の慣行が長い間継続し、それについて一般住民が法的確信をもつことが必要であると解すべきところ、さきに認定したような被告の取扱いが慣習法の成立するために必要な期間継続したということができないことは明らかであるうえ、それが一般住民の法的確信に支えられていることを認めるに足りる資料もない。そうすると、本件申請が慣習法に基づいてされたということもできない。

なお、原告らは被告に対し瑕疵なき裁量行使を要求する権利を有すると主張する。原告らのいう右権利は、必ずしも判然としないが、おそらく、原告らが被告に対し本件支度金の支給を申請する権利を有することを前提とし、その申請権が被告の裁量権の濫用等により侵害された場合司法上の救済を受けうることを根拠づけるために主張された権利と解される。そうだとすると、右主張のような権利が存在するからといって、原告らが被告に対し本件支度金の支給を申請する権利を有するということにならないことは明らかである。

7  原告らは、被告の見解は慈恵的な融和政策を是認するおそれがあると非難すると同時に、被告が本件申請に対し応答義務がないとすることは条例、規則が存在しないことの不利益をほしいままに原告らに押し付けるものであって、信義則に反し、条理上も許されないから、本件申請は行政事件訴訟法第三条第五項にいう「法令に基づく申請」に当たると主張する。

しかし、本件支度金について条例、規則が制定されても、当然に被告に応答義務があることになるわけではなく、例えば、同和地区に居住し就学しようとしている者またはその保護者の申請により被告が行政処分としてその支給をするものと定める(これによれば被告に応答義務がある。)か、被告の代表する大阪市が就学しようとしている者またはその保護者からの申込みに応じて贈与契約を締結してその支給をするものと定める(これによれば被告に応答義務がない。)か、その規定の仕方によって応答義務の有無は異なるのであり、前者のごとき法形式の条例、規則としないため、たとえ原告らが非難、主張するような不都合、不利益が生じたとしても、それは、尽きるところ、普通地方公共団体である大阪市の立法政策の是非にかかる問題であって、裁判所の判断する限りではないのである(なお、被告の見解によっても、被告は、本件支度金の支給を受けようとする同和地区の住民の職権の発動を促す申立てと相まって、自ら本件支度金の受給資格者を探知することが不可能であるということはできず、この点に関する原告らの非難は必ずしも当を得たものということはできない。また、本件支度金の支出の根拠となる法令が他に存在しないからといって、それ故に、本件要項が法令になる理もない。)。

また、原告らの主張するように、信義則は法律秩序全般に通じる法の一般原理であるから行政法の分野においても適用されるものであり、また、条理も法源の一に数えうるものであるとしても、それだからといって、本件の場合、原告らが本件支度金の支給申請をする権利を有することとはならない筋合いである。

以上検討したところによれば、原告らが昭和四八年四月五日大阪市教育委員会に対し「入学支度金支給申請書」を提出した行為は、行政事件訴訟法第三条第五項にいう「法令に基づく申請」に当たらないことが明らかであり、したがって、本件第一次的申立てはその訴えの対象となる不作為を欠き不適法というべきである。

三  次に、原告らの第二次ないし第四次的申立てについて判断する。

大阪市教育委員会指導室主幹金田久典、同主査土岐阜三が昭和四八年四月五日原告甲野太郎に対し原告らの主張するような文書を発したことは被告の認めるところである。

右事実に《証拠省略》を併せ考えると、被告が、原告らに対し、昭和四八年四月五日、前記「入学支度金支給申請書」が同促協会長、地区協議会長、および部落解放同盟大阪府連合会浪速支部長の推せん(副申)を得ておらず、かつ、同人らを介していないとして、本件要項の定めるところに従い、右各点につき補正するよう書面をもって勧告し、その補正のため右「入学支度金支給申請書」を返戻したところ、原告らがこれを受領したことが認められる。

右事実によれば、被告が原告らに対し右「入学支度金支給申請書」を返戻した行為は、その補正を求めるためにされたことが明らかであり、したがって原告らが被告に対しこれを提出した行為に正しく対応するもの、いいかえると「本件支度金を支給しない。」というものではない。

そうすると、原告らの主張するような本件申請の受理を拒否した行為または本件申請を却下した行為は存在しないこととなり、その取消しまたは無効確認を求める本件第二次ないし第四次的申立ても不適法と断ぜざるをえない(ちなみに、いわゆる受理拒否処分または不受理処分とは行政庁が私人に権利として認められた申請に形式的な瑕疵があるとしてこれを却下する処分にほかならないから、本件第四次的申立ては、本件第二次的申立てと重複することとなり、この点においても不適法である。)。

仮に、被告の右「入学支度金支給申請書」を返戻した行為が「本件支度金を支給しない。」という応答行為であるとしても、それは、前記二、5の説示から明らかなように、本件支度金に関する私法上もしくは公法上の贈与契約の申込みに対する拒絶、または、本件支度金の支給決定(行政処分)をしないという事実上の応答と解されるところ、もし前者であるとすれば、対等の当事者間の行為であり、もし後者であるとすれば、原告らの権利義務等法律上の地位に対しなんら影響を及ぼすものではなく、したがっていずれにしても行政事件訴訟法第三条第二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たらないから、本件第二次ないし第四次的申立ては却下されるべきものである。

四  そうすると、その余の点について判断するまでもなく、本件訴えは、いずれも不適法であるからこれを却下し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川恭 裁判官 増井和男 西尾進)

<以下省略>

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